「君の名は」実写化される前にもう一度考察したいあらすじ・ストーリー・聖地

アニメ、漫画

こんにちは、GGです!今回は実写化する映画「君の名は」について改めて考察!!
山家さん提供記事です。色々な目線からの記事が集まるようになり何だか楽しいです!!

 2016年に公開された新海誠監督のアニメ映画「君の名は」が、ハリウッドで実写化

2020年の夏ごろまでには日本で公開されるのでは? という予想を立てる向きもあるようですが、今のところ公開日の詳細は未定です。

「パラマウント・ピクチャーズ」の画像検索結果

 米:パラマウント・ピクチャーズとバッド・ロボットのJJエイブラムス氏が共同開発、「メッセージ」で2017年アカデミー賞脚色賞にノミネートされたエリック・ハイセラー氏が脚本、さらにアニメ版のプロデューサー:川村元気氏もプロデューサーとして参加するという事ですので、力の入れようもハンパではありません!!

ストーリーとしては、ネイティブアメリカンの少女とシカゴに住む少年の入れ替わり、というのが基本プロットとなるそうです。

僕個人としては、オリジナル版の底流をなしていた、日本の神社に関わる神道的な文脈をアメリカでどのように“翻訳”するのか、という点にとても興味があります。
また、「君の名は」のファンが、主にSNS上で議論したりネタバレしていた“伏線”や“謎解き”をどの程度反映させるのか、というあたりも大変楽しみにしています!

さて、オリジナルのアニメ版には様々な“伏線”や“小ワザ”が随所にみられ、繰り返し観ることで徐々に気づいていく、という点にもファンの心を掴む大きな要因がありました。
また、この“謎解き” “伏線”がSNS上で交わされ、盛り上がりを見せていたのは先述した通りです。

僕がSNS上で拝見した限りでは、

“糸守湖”や“宮水神社”のモデルはどこか、といった、いわゆる“聖地”にかかわるもののほか、月の描写や茶柱、あるいは「黄昏時」などの“伏線”

に言及しているものが多かったように感じました。

この“伏線”の解釈については、映画ファンの視点の細かさにはさすがに舌を巻くものがあります。しかし反面、“大枠”への言及が少なかった点には、多少の物足りなさを覚えたのも確かです。そこで、僕が気付いた“大枠”の伏線について、いくつか紹介してみようと思います。

Ⅰ:立花瀧と宮水俊樹のイコール関係

「君の名は」の画像検索結果

三葉と並び、彼女と入れ替わりを繰り返すもう一人の主人公:瀧と、三葉の父親で、現在は宮水の家を出て糸守町の町長となっている宮水俊樹が、ストーリー上で同じ役割を負っています。それは??

“宮水家の女性との恋愛関係を経験することで、宮水家に課せられた使命を果たす手助けをする”

というものです。

瀧については、そもそも三葉と入れ替わり、互いに惹かれあっていくことが糸守の人々を救う大きな要因となっているので、説明するまでもないでしょう。

三葉の父:俊樹は、彗星落下後の新聞記事によれば、もともとは民俗学者であったものが三葉の母:二葉と恋愛の末結婚し、宮水神社の神主になったことが分かります。妻である二葉の死後、「自分が愛したのは二葉であって、宮水神社ではない」といい残し、宮水家を去った後、糸守町の町長になっています。

「君の名は 三葉の親」の画像検索結果

映画ではやや悪役を引き受ける人物でもありますが、物語の終盤で、三葉に迫られて糸守町の住民を“避難訓練”の名目で糸守高校に避難させたのは彼です。もしこの時、彼が町長でなければこの“奇跡”は実現できなかったはずです。さらに遡るなら、二葉と結婚していなかったら、また二葉の死に絶望して宮水家を去っていなかったら町長にもならず、従って糸守の人々を救う事は出来なかったはずです。

ところで、映画では瀧と俊樹にイコール関係があることをはっきり示す象徴的なシーンがあります。どちらも、三葉に対して「お前は誰だ」と言っているのです。

瀧は、最初の入れ替わりを経験した際に、三葉のノートにこの言葉を書き残します。

俊樹は、彗星衝突の当日、町民を避難させるよう説得に来た(瀧と心が入れ替わっている)三葉にこのセリフを放ちます。同じ役割、同じ宿命を負うものであるからこそ、同じセリフを言っているのですね!!

因みに、“宮水家の女性と恋愛関係を経験する者が、宮水家の使命を手助けする”というプロットを押さえてみると、三葉の友人の勅使河原克彦:通称“テッシー”の立ち位置とその役割も分かってきます。

テッシーは、後に三葉のもう一人の親友である名取早耶香:通称“さやちん”と結ばれるらしいのですが、高校生当時には、三葉に対してほのかな恋愛感情のようなものを抱いていたと思わせる描写がいくつか出てきます。
彗星落下当日、テッシーは(瀧と心が入れ替わっている)三葉に説得されて、変電所を爆破します。そしてこのことが、瀧や俊樹がその宿命を果たす上での重要な下地となるのです。

「君の名は 勅使河原」の画像検索結果

彼が果たしたのが瀧や俊樹に次ぐ役割であったところと、三葉への恋心がほのかなものであった(瀧や俊樹ほどではなかった)ところに、正確な対応が読み取れます。

ところでこのテッシーを巡っては、他に気になる点もあります。

さやちんと自動販売機のベンチに腰掛けてコーヒーを飲むシーンで、さやちんから「高校卒業後はどうするのか」と尋ねられた彼は、「何も変わらない。この町で、父親の仕事を継いで生きていくだけだ」と答えます。

このテッシーのセリフは、将来の夢を自由に描くことが出来ない彼の境遇を、彼自身が諦観しているやや切ない響きとして印象されるのですが、このセリフからは、彼の家が代々糸守町で建設業に携わってきた一族であることを想像させます。
また、だからこそ彼は、同様に家の宿命に縛られる三葉に対して、他のクラスメートが持たないシンパシーを持っているのだとも考えられるでしょう。

さらに言えば、彼の父親とその会社は、町長である俊樹の有力な支援者でもあります。テッシーの父と俊樹との関係は、テッシー曰く「腐敗の匂いがする」ややブラックなものでもあるのですが、彼の父親の支援によって俊樹が町長になり、結果的に彗星落下から町民を救った点や、そうした人物の息子であったからこそテッシーが変電所を爆破、さらに電波ジャックに成功し、三葉の使命を助けた点を考え合わせるなら、彼ら勅使河原家もまた、“宿命の一族”だったと考えられるかもしれません。

Ⅱ:名前から読み取るストーリー構造:瀧

 初めてこの映画をご覧になったとき、どうして一方の主人公の名が“瀧”なのか、という疑問をもった方は少なくないのではと想像します。姓なら珍しくありませんが、名に瀧とつけるのは相当レアなケースでしょう。

 もちろん、“瀧”の字を“水”と“龍”に分解すれば、気付くこともあります。三葉の姓は“宮水”であり、“水”が含まれますので、その水と結びつく龍・ドラゴンと考えれば瀧の役割とストーリー上の立ち位置の関連性になんとなく頷くことが出来ます。

この龍・ドラゴンが“ティアマト彗星”と重なるものであることは、角を持つ龍を想像させる彗星のアニメーションからも容易に読み取れます。また“ティアマト”というのがそもそもメソポタミア神話の水神・竜神の名であることからも、確定的な解釈でしょう。

SNSでこの事に触れている投稿記事も数多くありました。

ただし、“瀧”の名に“水”と結びつく“龍”という意味を持たせることが出来るなら、もう少し深読みしてもいいのかもしれません。

糸守湖のモデルとしていくつかの湖や池が挙げられていましたが、長野県の諏訪湖を支持する意見が多かったのは否定できないと思われます。
確かに外観上の共通点は多いです。

「君の名は 宮水神社」の画像検索結果
「君の名は 糸守湖」の画像検索結果

宮水神社の位置は、映画を見る限り糸守湖の北西角にあるように思います。
そして、彗星落下直前の、糸守湖を上空から俯瞰した画像では、彗星は糸守湖上空を南東から北西方向に横切っているように描写されていました。

ところで、長野県の諏訪湖岸には、“御柱祭”で有名な諏訪大社が四社鎮座しています。“上社”と称される二社は諏訪湖の南東角、“下社”と称される二社はおおよそ北岸に位置します。
ただし、かつて諏訪湖が埋め立てられる前、現在よりもずっと大きな湖だった頃の下社は、湖に対して北岸西寄りでした(神社の位置が変わったわけではありません。かつての諏訪湖が南東方向に大きく広がっていたためです)
映画の彗星の軌道と宮水神社の位置関係は、おおよそ諏訪大社の上社・下社の位置関係と重なっていると言えます。

諏訪湖の冬の風物詩に“御神渡り”があるのはご存知でしょうか?

湖水が岸から結氷していき、湖の中ほどで衝突して稜線を作ります。
温暖化の影響で近年見ることは難しいのですが、古来より、この御神渡りは上社の男神が下社の女神に会いにゆく道筋だとされて来ました。つまり、南東の神が北西の女神に会いにゆくのです。
これは、映画で竜神に重ねられる彗星の方向と、三葉を助けるために瀧が合いにゆくベクトルの両方に重ねることが出来るでしょう。
さらに言えば、上社の主祭神:建御名方命(たけみなかたのみこと)は、もともと龍神だったという伝承が古くからありました。


この点を押さえるなら糸守湖と諏訪湖、ティアマト彗星と諏訪湖の祭神の対応関係はさらに深くなるはずです。

もう一つ付け加えましょう!!
宮水神社のモデルとしては、新海監督がその名の由来にしたとされる、長野県佐久市鎮座の「新海三社神社」が有力視されています。
新海監督自身が佐久郡出身でもあり、神社の外観に共通点も多いので、まずこの見立てで間違いはないと思われます。しかしそうすると、諏訪湖を中心とした位置関係に対応する“宮水神社≒諏訪大社下社”説がやや弱くなるかもしれません。ですが、決して小さくない関連性もまたあるのです。

新海三社神社の主祭神は「興波岐命(おきはぎのみこと)」と申し上げる神様なのですが、実はこの神様、諏訪大社の主祭神である建御名方命(男神)と八坂刀売神(やさかとめのかみ:女神)の子であり、もともと諏訪大社とのつながりには非常に深いものがありました。直接結びつけるのは強引過ぎますが、宮水神社と諏訪大社下社には見逃し難い関連性がある、ということは言っても差し支えないと思います。

話は変わりますが、新海監督の作品に「雲のむこう、約束の場所」、「言の葉の庭」があります。世界観はそれぞれ異なりますが、物理的・心理的に閉塞状況に囚われてしまった女性を男性が開放するストーリーである点で、共通のプロットを持っています。そして、「君の名は」の三葉と瀧の関係も、そうした枠で語る事が出来ます。

ころで「君の名は」では、瀧の他にもう一つ三葉を解放してくれるものがあります。それが他でもない“ティアマト彗星”なのです!!

“口噛み酒”の神事の後、三葉が神社の鳥居の下で叫ぶシーンがあります。

「もうこんな町いややぁ! こんな人生いややぁ! 来世は東京のイケメン男子にして下さぁい!」

結果的に三葉は彗星落下によってこの閉塞状況から解放されます。彗星は大きな災厄をもたらすものには違いありませんが、三葉を解放してくれたものでもあるのです。だからこそ、映画終盤で落下直前の彗星を描くシーンに、荘厳で幻想的なアニメーションの美しさと、RADWIMPSの壮大で透き通った歌声を付したのでしょう。

宮水三葉を救いに赴くドラゴン、そうした位置付けでティアマト彗星と瀧はイコール関係になっています。また、“瀧”という不思議な名前の必然性にもなっているのです。

Ⅲ:名前から読み取るストーリー構造:三葉

「君の名は みつは」の画像検索結果

もう一人の主人公:三葉の名前も、やや不思議な感じがします。名前自体は(珍しいことは確かでしょうが)“瀧”ほど不自然ではありません。しかし、長女につけるべき名前としては首を傾げてしまいます。

宮水家最年長の女性の名が“一葉”、その娘が“二葉”、さらにその二人の娘の姉が“三葉”で、妹が“四葉”。
こう並べてみると時系列的な一貫性はあるように思えます。しかし、その一貫性にうなずくためには、一葉が何らかの系統や道統の初代でなければなりません。

しかし、宮水家は古来より糸守の宮水神社を司ってきた一族なのですから、一葉が何かの初代であることはほぼ否定されます。

おそらく三葉の名は、今回の彗星落下が三回目である、という数字と対応しているのでしょう。

糸守湖は千二百年前の彗星落下によって出来た湖。千二百年前ならおよそ西暦800年ということになり、平安遷都の前後と考えられるので、文献も残されている設定として解釈できます。
しかしそのさらに前!
おそらく今からおよそ二千四百年前に(ティアマト彗星の周期を考えるなら)、文献に残されていない最初の落下があったと考えられます。その場所が、宮水神社のご神体があり、三葉と四葉の口噛み酒を奉献し、瀧と三葉が再会を果たしたクレーター状の山なのでしょう。

瀧が後にご神体のほこらで三葉の口噛み酒を飲み、転倒した際に、岩屋の天井に彗星の壁画を見たことからも、この地が最初の彗星落下の場所であったことがうかがえます。
因みに映画からは確認出来ませんでしたが、SNSで確認したところでは、この山の名前は“龍神山”であるそうです。

ティアマト彗星=龍神

の構図が、ここでさらに明確になりますね。

ところで少々気になるのは、三葉の妹に“四葉”がいることです。
今回の彗星落下から糸守の人々を救うのが宮水家の最終ミッションであるなら、続く“四”の数字を持つ人物を登場させるべきではないでしょう。とすれば、考えられることは一つ。
宮水家のミッションはまだ完了してはいない、ということです。おそらくは、今からまた千二百年後に、その時代を生きる宮水家の女性(名前に“四”が付くのでしょうか)が、彗星落下の災厄から人々を救うよう宿命づけられているのでしょう。
それはもちろん“四葉”本人ではありませんが、彼女はそうした“四代目”を予言する存在である、ということです。

そういえば、一葉と俊樹が、宮水家の女性の“不思議な夢”や“妄想(妄言)”を、一族特有のものとしてそれぞれに語るシーンがありました。とすれば、上代(神代)にあった最初の落下、古代の二度目の落下の際も、その当時の宮水家の女性は、愛する男性との入れ替わりによって人々を救ってきたのかもしれません。また、千二百年後の“四代目”も、そのようにしてミッションを果たすのではないでしょうか。

そう考えると、この「君の名は」のストーリーは、はるかに大きなストーリー体系の一部に過ぎないことが想像されます。構造的には、手塚治虫の「火の鳥」シリーズのように、“上代編”“古代編”、あるいは“未来編”も描くことが出来るのかもしれません。ちょっと期待してしまいますね。

Ⅳ:組紐と彗星のイコール関係

「君の名は みつは」の画像検索結果

「君の名は」では、組紐が重要なアイテムとして登場しています。糸守町・宮水神社で伝統工芸品のように制作されている同じ組紐を、三葉は髪留めとして、瀧はミサンガとして(時空を越えて)身につけていました。

まだ瀧が中学生だった時に、時間のズレに気付いていなかった三葉から名前と共に組紐を渡されたことで二人の関係が出発しています。
また組紐を編むシーンと関連して祖母の一葉が“むすぶ”“つなぐ”という概念を語るので、「この組紐こそが瀧と三葉を“むすぶ”アイテムだ」ということを、SNS上で多くの方が指摘していました!

この組紐には、他に指摘されている方がいらっしゃるかもしれませんが、ティアマト彗星とのイコール関係が成立しています。ごく簡単に言うなら、どちらも時空を超えて瀧と三葉を結び付ける決定的なアイテム・出来事として登場しています。

ティアマト彗星が二人を結びつけている、という言い方にはやや違和感があるかも知れませんが、そもそも彗星の落下、という重大事がなければ宮水家のミッションは成立しませんし、瀧と三葉が入れ替わりを繰り返す必要もないのですから、これは否定しようがありません。

このイコール関係をもっとも明確に表しているのは、龍神山のほこらで三葉の口噛み酒を飲んだ際に瀧が見る幻覚の映像でしょう。落下した彗星が、その後組紐に変っています。

「君の名は 龍神山」の画像検索結果


また、組紐をクローズアップしたアニメーションが一箇所だけ挿入されていますが、その網目が続いてゆく様は、鱗に覆われた龍の長い胴をイメージさせるに充分なものでした。

さらに言えば、一葉が“神様の働き”として“むすび”について語るのは、龍神山の御神体に口噛み酒を奉献しに行く山道でのことです。つまり一葉は、恐らくは二千四百年前に落下して信仰の対象となった神様の働きを、“むすび”として語っているのです。

ここを踏まえれば、ティアマト彗星は“結びを司る龍神”ということになり、瀧と三葉の関係を直接結びつけた組紐と同じ位置付けを持っていることになるでしょう。

「龍」の画像検索結果

ティアマト彗星は、“三葉の解放に赴くドラゴン”という点では瀧と、また“瀧と三葉の二人を結ぶもの”という点では組紐とイコールになっています。この重層的なイコール関係の交錯は、なんとも興味深いですね。

ところで、このティアマト彗星の捉え方には、日本の神道の感受性がよく表れています。先にも述べましたが、この彗星は糸守の人々に壊滅的な災厄をもたらす(可能性があった)ものであると同時に、主人公の二人を結びつけ、また三葉を閉塞状況から解放する決定的な役割も果たしています。

日本の神道で崇められる神様は、必ずしも人間に恵みをもたらすわけではありません。逆に、災厄をもたらすからこそ“どうかお見逃しください”と手を合わせる神様もいます。

面白いのは、日本人が古来より、そのどちらの神様も同じように祀ってきたということです。恵みの神と災いの神に、同じように接して来ました。
もしかしたら我々の御先祖様たちは、与える力と奪う力は本来同じものだ、と考えていたのかもしれません。

もっと面白いのは、そういう厄介だったはずの神様が、崇められているうちにいつの間にか“恵みをもたらす神様”にすり替わってしまう事です。雷神:菅原道真が“天神様”として、現在は専ら受験生のサポート業務に任じているのがいい例です。

また、恵みと災厄の両方の力を同時に備える神様もいます。その代表例が“水神”でしょう。

あらゆる生き物は水なしでは生きていけませんし、人間も古来より水のある所で集団生活を営んで来ました。しかし同時に、水は“洪水”や“津波”の形で生命や生活そのものを破壊します。そうした決定的な力を表すため、水神は恐ろしくも威厳に満ちたドラゴン、すなわち“龍神”として描かれて来たのでしょう。

「君の名は」のティアマト彗星の描かれ方にも、そうした日本古来の感受性、神道的感受性が、宮崎駿監督の「もののけ姫」とはまた別の角度から、充分に反映されているといっていいと思います。

付記:題名のループ構造

「君の名は」という題名については、「言の葉の庭」に登場した“ユキちゃん先生”が何故か糸守高校に出現し、その伏線を語ってくれます。

“たそがれどき”の語源は“誰そ彼どき”であり、同じ意味の表現で“彼は誰どき”、そこから“かたわれどき”の言い回しが派生するという筋道が語られます。

瀧と三葉が彗星落下直前に龍神山の山頂で“再会”するのが“たそがれどき”であり、この“たそがれ”が“誰そ彼”と通じ、「君の名は」の題名と重なっている、という点を、SNSで多くの方が指摘していました。この伏線回収は面白いですね。

しかし、このシーンで(三葉の体に入った)瀧は、「かたわれ時だ」と言っています。この点を指摘した投稿や記事は、僕は見つけることが出来ませんでした(あるかもしれませんが)。

この題名は相手への問いかけだけでなく、その答えにもなっている、という点に気付いたのは、さすがに僕一人ではないと思うのですが。

“たそがれ” → “誰そ彼” → 「君の名は」、これが問いかけ。

“かたわれ” → “片割れ” → 「私はあなたの半分、片割れです」、これが答え。

一葉、三葉(心は瀧ですが)、四葉の三人で、龍神山に口噛み酒を奉献しに行った際、一葉が「この世に戻って来るには、あんたらの一番大事なものをおいて来なければならない。それはあんたらの魂。その魂が口噛み酒だ」ということを言います。

また、後にその口噛み酒を瀧が口にする時、「三葉の、半分」というセリフを漏らします。

ここには、人間を体と心に二分する生命観が読み取れます。またそれに従えば、瀧と三葉が入れ替わっている状態は、互いの半分ずつが合わさっている状態、言い換えれば“片割れ”同士が結びついている状態であると解釈できます。

“あなたは誰?”“私はあなたの半分です”この問いかけと答えの両方が、「君の名は」の題名に入っているのです。題名にループ構造があるというのは、何とも面白いですね。

最後に

映画「君の名は」には、ここで紹介した他にも大小さまざまな伏線があります。それがこの作品の奥行きやスケールを大きく、また深くしているのは言うまでもありません。

さあ、そこでハリウッドの実写版!!

アメリカの制作陣は、そもそも歴史が三百年程しかないアメリカを舞台に、原作で千二百年の周期でやって来る設定だった彗星をどう扱うのか、あるいは日本の神道を中心としたローカルな感性を、どう置き換えるのか、という点でかなりの工夫を迫られているようです。

しかし本当に難しいのは、そこではないと僕は思います。

設定をアメリカの大地とネイティブアメリカンの少女、あるいはシカゴに住む少年に置き換えただけでは、“実写版”とは呼べません。オリジナルにあった伏線と質・量ともに同等の構造が(もちろん同じであってはダメです)組み込まれていなければ、“もどき”とすら呼べないものになってしまうはずです。

映画の本場、アメリカはハリウッドの底力に、大いに期待しようではありませんか。

山家衛艮(やまがえごん)さんより

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